長い前置きとなりますが、お許しください。
この本の契機となった座談会の話をしておかないと、二度と書く機会がなくなってしまうと思うからです。
小社に以前、少年社員制度があったことをご存知の、ベテラン書店関係者の方々も多いと存じます。初代社長の野間清治が作った制度で、会社に住み込み、昼間働き、学校に夜通う(逆だったか)。地方出身の優秀な少年たちが多く応募し、そこから後に会社の中枢を担う人材も輩出しました。
制度については、私も社史で知っていましたが、ひとつ疑問符がつくエピソードがあったのです。少年社員の中でも特に優秀な人は、そのとき売れている本を選び、就寝前の社長に向かい朗読する任を担ったとか。それを聴きつつ初代は休むことになったと言います。
ずっと「本当かな」と思っていた件に、「本当だよ、だって私は詠んでいたもの」と答えてくれる方に会ったのは、2004年12月でした。当時、私は月刊現代の編集長で(休刊でお騒がせしました。残念です)、部員が企画した昔の皇室報道と雑誌についての座談会に、顔を出したのでした。そのメンバーの一人が、講談社から光文社へ移り、『女性自身』の創刊編集長として腕を振るった黒崎勇さんでした。
黒崎さんの話は、面白かった。戦前の講談社、中国戦線での苦労、戦後のパージ、新会社・光文社、そして雑誌創刊。
「他誌と同じことをしてたら目立つわけがないでしょ。皇太子のご婚約で大騒ぎの世に対抗して、創刊号にはほとんど皇室記事を載せなかったんですよ」
「すると、返品の山。これはイカンと2号目からは、美智子様関連で雑誌を一杯にしましたけど」
新聞に勝たなければならないと、奥の手を使い記者クラブからつるし仕上げを食ったこと。編集長自ら皇族関係者のもとへ日参したこと。誤報を一歩前で回避したこと。中でも印象に残っていた話が、美智子妃と同い年の女性カメラマンを起用し、来る日も来る日も密着させた、と話されたことでした。
黒崎さんの薫陶よろしく、お妃教育、ご成婚、男児誕生と慶賀がつづいた皇室を追いかけたのが、本書の著者・清宮由美子さんです(長らくお付き合い、ありがとうございました)。
清宮さんが撮った50年前の写真は、皇室と国民の距離が、今とはだいぶ違うことを教えてくれます。また、他の分野に進出した清宮さんが撮った作品から、50年前の東京が懐かしく甦ります。
144ページ、うち写真が116ページ。1500円でご覧になって損はさせません。
話をうかがった1ヶ月後、お元気そうに見えた黒崎さんは、帰らぬ人となりました。もっとお聞きしておきたいことがたくさんあった。後悔先に立たずの典型です。黒崎さんへの感謝を込めた本でもあります。
講談社 学芸図書 中村勝行 |