■フランス情報 mail from France #5
パリ近況・ベルリン
今週はネタ選びに悩んだ挙げ句、2本立て…。
まず…、11月4日(金)〜6日(日)までベルリンに行ってきました。
ベルリンのテレビニュースのトップに、見慣れたうちの近所の風景が流れてビックリ…。パリ郊外で始まった暴動が激化し、我が家の近所のレピュブリック広場でも車数台が放火されたとのこと…。
ベルリンから戻った6日の深夜には、斜向かいのアパート2階の男性と警官隊がしばらく言い合い…。その後、警官数人が、外壁に取り付けられたハシゴから窓ガラスを叩き割り、アパート内に突入していく様子を目の当たりにして驚きました。
暴動との関連性は不明ですが、パトカーやはしご車でアパート前の通りは大騒ぎ…。深夜の大事件に近所の住人もみんな窓から顔を出し、事の顛末を見守っていました。

8日には、フランスに非常事態宣言が発令され、一部地域では夜間外出禁止令が出されました。フランス本土での非常事態法の適応は1961年以来とのことですが、パリ市内は今のところ混乱もなく落ち着いた状態が続いています。
今回の暴動事件は、パリ郊外で警察に追われた移民系の少年が変電所で感電死したのが事の発端とのこと。警察が工事現場への不法侵入を確認しようとしたところ逃走したそうです。
現在、フランスは人口の7,65%が「移民」。移民1世と異なり、今回暴動の中心となった2世や3世の若者はフランス国籍を持つ「フランス人」。彼らは決して最貧層ではないと思うのですが(より悪条件で生活している外国人籍の人なんかが沢山いると思うのですが…)、不当な差別を受けているという日頃の不満の鬱積に今回の変電所事件が火を付けたようです。
暴動自体は沈静化してきている様子ですが、油断できない状況が続いているので、個人レベルでの危機管理を怠らないようにしたいと思っています。
話は振り出しに戻って、ベルリンの話…。
2泊3日の小旅行でしたが、行きはまず寝坊に加え、空港行きのRER(高速郊外鉄道)のスト…。シャルル・ドゴール空港に着いたのは、出発20分前…。
チェックインカウンターに駆け込むと、サテライトのトラブルとか何とかで予定機の出発は3時間遅れるとのこと…。ハプニング続きでパリを発ちました…。

ベルリン街角
昼過ぎに着いたベルリンは、東西が混在した魅力的な町。パリよりも公園や街路樹が目につき、紅葉した木の葉や落ち葉にヨーロッパの秋を感じました。
さすがに3日間の短い滞在ではまわり切れませんでしたが、特に印象深かった場所をご紹介。

カイザー・ヴィルヘルム記念教会
空襲で破壊された姿のまま保存されています。

ベルリンの壁のかけら
壁博物館で買いました。5.5ユーロ。
●壁博物館
近くに「チェックポイントチャーリー」と呼ばれる国境通過地点などが残されています。博物館内には、ベルリンの壁の成立から崩壊まで、また、西側諸国への逃亡の成功例や失敗例の展示物やビデオ上映など…。成功例のパネル展示などを見ても明るい気持ちにはなれない重苦しい博物館でした。

ブランデンブルク門
●ブランデンブルク門
冷戦中は東西分断、現在はドイツ統一の象徴。
●ベルリンフィル
公演前日、駅のチケット売場で入場券を購入しました。当日ならフィルハーモニーの会場でも入手可能なようですが、かなり人が並んでいました。
ドボルザークとマーラーのシンフォニーを聴き、感無量!!
ベルリンに来てよかった…としみじみ思いました。

絵画館
●絵画館(美術館)
フェルメールやボッティチェリ、ブリューゲルやレンブラントなどなど…巨匠が勢揃い。ルーブル級の混雑ぶりかと思いきや、中は閑散…。意外な状況でした。
ベルリンは市バスがとても利用しやすかったです。
100番・200番の2階建てバスに乗れば、ベルリン市内の見所をかなり網羅できます。

シャルロッテンブルク宮殿
食べ物は、やっぱりビールとソーセージ!
町のスタンドで売っているようなソーセージでもかなりイケてました。但し、ベルリン名物「ベルリーナ・ヴァイセ」というビールのシロップ割りは、話の種に一度飲んだらもういいや…という味でした…(でも、病み付きになる人もいるのかも…)。
ドイツ語は「ダンケ(ありがとう)」しか知らず、サバイバルな3日間でしたが、パリに戻る頃には「グーテンモルゲン(おはよう)」から始まってドイツ語力も7倍くらいにアップ。
道を教えてくれたりした人々も大変親切だったので、ベルリンはいろいろな面で好印象。良い旅ができました。
2005年 11月12日
荒木 芳栄 |