2006.July

■香港情報 mail from Hong Kong#05

7月1日に思ったこと

7月1日は香港特別行政区成立記念日でした。ご存知の通り、1997年7月1日に香港がイギリスから中国に返還され、その時に香港は新しく「香港特別行政区(Hong Kong Special Administrative Region (HK SAR))」として生まれ変わりました。

しかしこの返還、今思っても香港人の胸中は複雑だったでしょうね。もちろん、植民地時代を終え、中国という自分の国に戻れることを嬉しいと思う人達も大勢いたのは確かでしょう。ある芸能人は、「今まで僕は何人かと聞かれたら、香港人と答えていた。でも、これからは中国人と答えます。」と言ったとか何とか。何だか中央政府キャンペーンに使われそうなセリフですが、とにかくそんな人達もいたようです。
ただ、多くの人は不安を感じていたと思います。植民地だったとは言え、イギリスは民主主義であると同時に放任主義。ある程度は自由にできていたものが、今度は中国の細かい監視下に置かれるわけです。ある意味、親元を離れ色んな事をくぐり抜けて成長した後に、また厳しい親元に連れ戻されるという気分だったかもしれません。民主主義国から共産主義国に主導権が渡される不安、一度味わってしまった自由はどうなるのか。一度も持たなかったものを手放すより、一度享受してしまったものを手放す方がもっと難しいと思います。香港人の間には、そんな不安と疑問がぐるぐると渦巻いていたことでしょう。

恥ずかしながら、私は元々中国や香港に対して深い造詣や憧れを抱いて香港へ渡ってきたわけではありません。「たまたま通りがかりの者です」という言い方が当てはまるくらい、あっけらかんとやって来ました。だからこそ、ここで起こっている事柄をいたって客観的に見ることができるのですが、それでも2003年7月1日の民主化要求デモには鳥肌が立ちました。おそらく、日本でもニュースで流されたのではないでしょうか?コーズウェイベイのビクトリアパークから、セントラルの市庁舎までの大行進。民主化を求める人の波、波、波。確かあの日はとても暑い日だったのですが、老いも若きもたくさんの人がうねる波のように、一つの目的のために行進していきました。暴動もなく、秩序を保ち平和的に、プラカードを持ったムーの群れのように。そんな大がかりなデモを見たのは初めてだったせいか、香港人の政治に対する熱さと、日本が当たり前に思っているものを求めて歩くパワーに圧倒されてしまいました。

2003年7月1日のデモの様子
セントラルの政府庁舎に向かうデモ行進


監視する警官の下、
右手の坂を登った先にある政府庁舎を目指す人々

2003年にあれほど大きなデモが起こったのは、当時香港の憲法に当たる基本法で、言論の自由を脅かす23条の草案が立法化されようとしていたのが発端でした。それに大反対の香港市民が立ち上がって大規模なデモとなったのですが、他にも高い失業率や不安定な政治への不満など、諸々の経済的・政治的な要因もあったようです。ついでに、当時の行政長官董建華は中央政府寄りで、香港人に人気がなかったのも拍車をかけましたね。(ちなみに彼は、2005年3月に病気を理由に辞任を表明。)この草案は結局立法化されなかったのですが、それでも香港市民は自分達の意思を香港の政治にすべて反映できるわけではありません。結局は、何もかも中央政府次第なのです。

…こう書いていて思いましたが、日本が与えられ、当たり前に受け取っている言論の自由、民意を反映させた政治というものは、本当に貴重なものなんですね。日本にいる時は当たり前すぎて、すっかり無関心になっていましたが…。日本の外に出て初めて気付くとは皮肉なものです。

現在の香港は民主化運動も落ち着いてきている、というか鈍ってきていると聞きます。今年の7月1日に行われたデモの参加者は5万8000人(去年の2万人に比べれば多い方ですが)、2003年、2004年の50万人単位のデモとは雲泥の差です。香港人に人気の曽蔭権(ドナルド・ツァン)氏が現行政長官というのもあるでしょうし、景気も落ち着いているというのもあるでしょう。それに加えて、現状に段々と香港人が慣れてきて、「今の生活が変わらないならいい」という気持ちになってきたのもあると思います。

しかし、現在の一国二制度が保障されているのもあと41年。やっぱり思ってしまうのが、その後香港ってどうなるんだろう?という事です。89年の天安門事件後や97年の返還前のような「香港脱出、移民ブーム」がまた起こるんでしょうか?それとも、香港は41年をかけて中央政府にクモの糸でからめ取られるように、ゆっくりと確実に中国化され、一国二制度を取り払われても、香港人は何の不安も疑問も持たなくなっているんでしょうか。

41年後、私は自分がどこにいるか分かりませんが、どこにいても香港がどうなるのかを見つめていると思います。今まで大国の思惑に翻弄されようと、その中で発展を遂げてきた香港。たとえどんな運命の采配が待っていようとも、タフな香港人気質そのままに、香港らしく生き延びていって欲しいなあ、と希望を込めてそう思います。
来年は返還10年目。香港は一体どんな顔を見せるんでしょうか。

2006年7月9日
宮道伸子