2007.May

■香港情報 mail from Hong Kong#22

本当にモウマンタイ?
 香港人のよく口にする言葉に、「モウマンタイ」があります。これは漢字で書けば「無問題」、つまり「問題なし」、「大丈夫」という意味。ストリート・マーケットで何か買う時にふとアラが目について大丈夫かと聞いてみても、「モウマンタイ、モウマンタイ!」。仕事で本当に納期に間に合うのか聞いてみても、「モウマンタイ!」。自信たっぷりに、笑顔で答えてくれます。そんな風に言われると思わず信じてしまいたくなるこの言葉、実はかなりいい加減に使われる言葉なので、うっかり信じてはいけません。…ということで、今回は「モウマンタイ!」から読む香港人考察(?)です。

 香港に来たばかりの頃は、私はこの「無問題」という言葉を信じていました。というか、信じない理由もなかったので、そう言われれば「あ、大丈夫なんだ」と軽く言葉通りに受け取っていました。でも、大丈夫と言われたはずのモノは壊れるし、納期通りに上がると自信を持って言われたデータは上がってこないし、「大丈夫、すぐ修理する人をアレンジします」と言ってくれたはずの修理人は約束の時間を過ぎても現れない…。おかげで、私は香港ですっかり疑い深い人間になりました。(笑)でも、そうする内に香港人の言う「モウマンタイ」とは、「たぶん」や「自分には分からないけど」、というセリフが抜けた「モウマンタイ」なんだと学んだ訳です。

 この間香港に来たばかりの日本人の知り合いも、早速この「モウマンタイ」にやられていました。彼女は近所のお店で布団を買って、翌日の配達をお願いしたのですが、翌日になっても3日経っても一向に布団は届かない。電話で問い合わせても「今調べています。大丈夫、すぐご連絡しますよ」の一点張り。彼女はそれを信じて1週間待ちました。それでも連絡は来ないし、布団も届かない。(そこまで待つ彼女の我慢強さも大したものですが、彼女としては事を荒立てたくなかったらしいです。)布団の代金はすでに支払い済みなので、もし届かなかったら彼女の払い損。結局、周りの人の「もう直接店に出向いて問い正し、それでも分からなかったら店頭の布団をもらって帰れ」というアドバイスに従い、お店に行って布団を持ち帰ったそうです。いくら香港でもここまでルーズな配達はそうそうないので、このケースは運が悪かったとしか言いようがないんですが、まあこれもいい勉強ですね。

 こんなにいい加減に「モウマンタイ」と言ってくれる香港人ですが、悪気があって言っている訳ではありません。(もちろん、大丈夫じゃないと分かっていても、「大丈夫」と言い放つ輩もおりますが。)彼らにしてみれば、とりあえずはどうなるか分からないことで相手を不安に陥れるよりは、「大丈夫」の一言で安心させてあげたい、そんな感じなのでしょう。それで、相手が納得すればあとは相手の責任。理不尽に聞こえるかもしれませんが、信じたら信じたその人にも責任があるんです。日本では自信を持って「大丈夫です」と言い切ったら、何が何でも「大丈夫」でなくてはならない。でも、香港人の「モウマンタイ」は、「自分達はできるだけの事はする。その意味ではモウマンタイ。でも、もしそれでできなかったら仕方ない」、「後でどうなるかは分からないけど、今の時点では大丈夫だと思う」。そういう感覚で使われる事が多いですね。

 先々の事まで考えて心配したり、用意周到に細々と準備しようとする日本人からすると、そんな感覚で大丈夫と言い切ってしまう香港人は、楽観的というか、大らかというか、いい加減に見えてしまうかもしれません。私も最初の頃はそんな香港人に戸惑ったり、イライラしたりしたものです。でも、「あまり先のことまで考えてイライラしないで、とりあえず今、この時がモウマンタイなんだからいいじゃないか」、そんな香港人の感覚に慣れてくると、イライラしている自分の方が馬鹿馬鹿しくなってくるから不思議なものです。(笑)この達観すら感じる香港人の感覚は、いつも大国の思惑に翻弄されつつ「今、この時」をとにかく生き伸びてきた彼らに自然に根付いてきた(というか磨かれてきた)感覚なのかもしれませんね。それがいいか悪いかは別としても。

 …とは言え、実際問題として仕事で日程通りに事を進めなければならない時には、香港人の感覚がどうのなんて悠長な事は言っていられません。仕事上での彼らのモウマンタイ発言はいつも耳半分、甘い部分は「本当にモウマンタイ?」と何度も確認してしまう私です。彼らにしてみれば、私は「心配性のウルサイ日本人」なんだろうなあ、と思いつつ…。

2007年 5月27日
宮道伸子


■香港情報 mail from Hong Kong#21

上環めぐり
 香港島のビクトリア・ハーバー沿いには、西から上環(ションワン)、中環(セントラル)、金鐘(アドミラルティ)、湾仔(ワンチャイ)、銅鐸湾(コーズウェイベイ)と、にぎやかな地区がズラリと並んでいます。
  中環・金鐘は言わずと知れたアジア金融ビジネスの中心地、湾仔は海沿いにハーバーを望む行政オフィスや地元色の強いレストランやバーが混在したエリア、銅鐸湾は食とショッピングのメッカ。そして上環は、段々と変化しているとはいえ、香港の中でも一番昔ながらの風景の残る地区と言われています。どれも特徴のあって面白い地区ですが、今回は昔の面影を残すと言われている上環についてご紹介することに致しましょう。


↑その昔境界線だったアバディーン・ストリート。
横に交差したハリウッド・ロードの
向かって右側が中環、左側が上環。
 まず、中環のSOHO界隈を東から西へ向かって歩いていくと、アバディーン・ストリートという山から海へと縦に貫く細い道とぶつかります。ここが、中環と上環の境目。イギリス支配下の1843年に西洋人と中国人の居住区分離が始まると、翌年1844年には中国人は中環地区から追い出され、このアバディーン・ストリートより西の上環地区へと移されます。当時の上環は人口過密な上に衛生状態も最悪で、伝染病が発生しては多くの人の命が奪われたそうです。今のアバディーン・ストリートは、10歩くらいで楽々と渡れてしまう細い道。でも、150年以上も昔にはこの道が人々の運命を分けていたのだと思うと、何だか感慨深いですね。

 現在の上環は、漢方薬や乾物屋、アンティークの店や古いチャイニーズ・ビルディング*がひしめき合い、セントラルとはまた違った異国情緒を感じさせてくれます。最近では、中環で働く人達も家賃の高い中環のミッドレベルズを出て、より安いアパートが見つかる上環に移る人も増えてきているようです。特にケネディ・タウンは高級アパートメント・コンプレックスもあり、選択の幅が広いので外国人にも人気のようですね。あるイギリス人の友人は、「アバディーン・ストリートを一本越えて地名が上環になっただけで値段が違うので、中環に住むのがバカバカしい」。そう言って、上環に引っ越していきました。彼はお金持ちなんですが、さすが倹約家のイギリス人といったところでしょうか。でも、こうした事を反映してか、最近は上環も価格も上がっているようですね。
*チャイニーズ・ビルディングとは、エレベータのない階段のみのビルのことです。


↑上環のトラム終点付近にある、
織物製品や手工芸の店が集まった
ウエスタン・マーケット

古いチャイニーズ・ビルディング…
これはいくら何でも古すぎでは→

 そしてこの地区を散策するなら、アンティークのお店や、漢方薬・乾物のお店をブラブラしてみるのも意外に楽しいです。こんなものまで干物に!と思ってしまうものがあったり、鹿の角の漢方薬の隣に鹿の頭の剥製がディスプレイされていたりと、何とも生々しいような申し訳ないような気分にしてくれます。また、アバディーン通りから歩いて5分程度のところにある香港一古い道教の文武廟では、香港人の信心深さ(と占い好き)を垣間見ることができるでしょう。文武廟近くのキャット・ストリートにある玉石混合のガラクタ市では、(根気はいりますが)掘り出し物を見つける楽しさを味わえますよ!私はここで中国風花模様の入った10ドルの器を2個ほど買ったのですが、なかなか気に入って今でも重宝しています。

様々な海の乾物を売る乾物屋
こんなものまで干物に…トカゲとヒトデ
香港歴史博物館でも見た風景。
きっと昔から変わってない
風景なんでしょうね。
おいしい食べ物に
囲まれて、
猫もこんな状態に!
漢方薬を
処方している
おじさん
文武廟外観
文武廟の中
らせん型線香の内側には、願い事を書いた赤い短冊が。
線香が燃え尽きた時、願い事が叶うと言われているようです。
それにしても、すごい線香の煙!
 
↑キャット・ストリートのガラクタ市
 ということで今回の上環めぐり、ちょっぴり観光気分を楽しんで頂けたでしょうか?こんな事を書いておいてなんですが、私は東の銅鐸湾エリアに住んでいるせいか、実は中環より西側へはたま〜〜〜にしか行かないんです。(中環までですべて事が足りてしまいますので・・・。)アバディーン・ストリートは、私にとっては今でもなかなか越えられない境界線になっているのかもしれませんね。
   

2007年 5月13日
宮道伸子