9月6日、パバロッティがこの世に別れを告げたニュースは、モデナに1つ幕が降りたと同じ意味でした。
6日からの3日間にモデナで一体何が起こったか、ここに書き記すには、心を捻じ曲げられる痛みが走ります。
パバロッティは生まれ故郷モデナを心底愛し続け、その証拠に彼の街のシンボル、モデナの大聖堂が全世界のメディアにその記録が刻まれました。
私たちの手の中に残してくれた「パバロッティのモデナ」。これからも街の偉大なる財産となっていくことでしょう。
そこでパバロッティのベスト盤CD等から、ほんの少しだけを選りすぐってみたいと思います。
パバロッティが有名なのは知っているけれど「何を聞いていいか分からない」、「クラシックは縁遠い」という方の、初めの一歩になればと思います。
La donna e mobile―女心の歌、
ヴェルディ作曲オペラ、リゴレットより
Nessun dorma―誰も寝てはならぬ
プッチーニ作曲オペラ、トゥーランドットより
La traviata: Libiamo ne' lieti calici "Brindisi"
ヴェルディ作曲オペラ、椿姫より
オペラ作品で、この3点は欠かすことが出来ないでしょう。
パバロッティのはじけるような声量、空を貫くような高音が、戦後モデナに明るい光や勇気をもたらし、故郷の誇りとなっていったのです。
60年代のデビュー当時、パバロッティは高音域もやってのけるテノールでしたが、後に声質に深みが加わり、甘さも苦さも知った男の声へと変化。
キャリアを始めた若き頃の写真を見ると、まだ方向が定まらないキョロキョロした雰囲気もあり。その後、70年代付近から、彼の表情や存在は、いよいよ旬を迎え始めるのです。職人によって磨き上げられた、彫刻の様な重厚感ある姿。こんな点からも、人間は自由自在で面白い生き物と思わせてくれます。
それから時代は飛んで、80年代。
魂まで震わせる無敵の声は、ポップ歌謡界まで制覇。モデナっ子は「新しい物好き」と比喩されますが、クラシックの枠を超えた挑戦も、モデナDNAの影響だったのかも…。
Caruso−カルーゾ
ルーチョ・ダッラ作曲(1988)
苦しく、心を痛みつける愛を歌った曲。ダッラは現在も活躍中のポップ歌手ですが、この歌を作曲した際、彼はパバロッティと面識は無いもの「パバロッティが歌ったら…」と願ったとか。しかしその後、不思議な縁でこの最高なるデュエットが実現したそうです。
Miserere−ミゼレーレ
ズッケロ&パバロッティのデュエット(1992)
エミリア・ロマーニャ州出身の2人が歌う、壮大なメロディー。
音が流れ始めるとパバロッティの歌声が問うように、心はイタリアの青く濃い大空に開放され、緑が広がる丘が脳裏に広がります。
たった5曲の紹介ですが、どなたにも是非に巡り会って欲しい曲ばかりです。パバロッティよ、永遠に。
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