ここのところ、毎日ニュースがナポリのゴミ問題を取り上げています。
実のところ、あまり披露したくない話題であり、心中で揺れ動きましたが、もはや長期化、海外の通信社も現地入り。
書けるまで、書いてみます。
ナポリから600Km北上したモデナはゴミが溢れる様子もなく、鳩たちがのんびり街を徘徊し、大聖堂の塔修復を巡り論議がされる日々。しかしナポリのゴミが北イタリアの各地で処理が決定後、モデナにも約3000トン、処理に運ばれることに。これは一時的な回避策として、運び込まれるゴミは資源別収集もされていない模様です。
ここまでお読みになられた方は「じゃあ、どう運ぶのだ」と疑問に沸いていることでしょう。ゴミは、トラックで運ばれるのです。渋滞が回避出来るコンテナ貨物で運ばれず、トラックで、高速道路を北上しながらやって来る順序。想像だけで、ものすごい経費ですよね。参考に上げると、2004年イタリア国内貨物輸送はトンベースにするとトラックが65.3%。陸送に頼るイタリアへ、改善が必要な高速道路へ、国全体の生活を巻き込み、さらなる負担となります。
そこで、このナポリのゴミ問題。南イタリアのインフラ整備の遅れや生活習慣の通り、これも南イタリアだから・・・、と思いがちですが、一歩留まってみる必要があります。ナポリには、自然が残してくれた景観の他に、世界の要人達もうんと言わしめる職人達がいます。要人の方達を、プロフェッショナルな場所で引き立たせる物たちが、ナポリに根付く手仕事から生まれるのです。しかしこれらの工房もとうとう、店先に山積みなゴミの悪臭により、一時閉店をする決意にまで追い込まれました。
顧客を世界中に持つ名人の彼らとしては、職人であり続け、自らの手を動かし続けるのが名誉でもあるでしょう。それを街にゴミが溢れるのを恥じ、自分達で決めた閉店は、何よりの屈辱であったことか。
彼らとして最大で最後の手段、静かなる抵抗として、全世界に訴えているようでなりません。
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