2008.May

■イタリア情報 mail from Italy #61
〜 目の前を駆ける−Giro d’Italia 2008 〜


今年も自転車の世界最高峰ロードレース、「ジロ・デ・イタリア」がスタート。

毎年ルートが異なり、2008年はモデナを23年ぶりに通過。
総合1位の選手だけが着用出来る、ピンク色のマリア・ローザや、精神、体力にも厳しい山岳コースなど、超人と自転車のテクノロジーのためにあるようなロードレース。見て来ました。

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モデナ通過は2日に渡り、1日目は何と夕立と鉢合わせ。
この大雨で、1つ前のポイント地点を15分遅れで出発。中心街で走者を迎える観客も雨に耐え、ポルティコの下で連なり、じっと待っていたのでした。とにかく全身ずぶ濡れになる大雨でも、この街らしさが光る風景であったと思います。

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通過2日目は画像をご覧頂く通り、この日はパッと晴れ上がった初夏な日。第13ステージ、スタート地点約50m手前。先頭集団は一列に足並みを揃え、177キロ(!)の長い戦いに備えている模様。

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平野での自転車のロードレースを観戦して感じるのが、マラソン、四輪や二輪のレースとは随分と通過現場の展開が異なること。マラソンの様に第一走者から最終走者まで、ずらりと続くこともなく、四輪・二輪の様、自転車がブンブン音を出していくわけでもありません。レース先導車両が通過し、自転車がシャーと静かに音を立てながら目の前を通過するのはあっと言う間。時間にして1分もない、異次元的な体験です。

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また、自転車の公道レースで、チームカーも後続。そのため、ルートに当たる道は数時間に渡り完全封鎖。セーフティーカーに当たる白バイは、各地からサポートに駆けつける綿密さ。各交差点には地元警察官やレスキュー隊員が立ち、安全確保。各観戦者も近くに立つ人々と「あと何分で来る」だとか「ヘリコプターが来たら、近いね」などお話に花を咲かせ、レース通過後は、関係者に労いの言葉を掛ける。
実に、待ち時間の使い方や気配りが上手いのです。
これも、公道レースに慣れたイタリアならではでしょうか。

2008年5月26日
Text & Photo by 福井エリナ


■イタリア情報 mail from Italy #60
〜 イタリアの蚊、第2章 〜


モデナの街は今、街路樹の緑がとてもきれい。
空の濃い青色にモコモコと緑の茂みが加わり、まるで新緑の洪水。
これから先が夏の季節。晩は9時まで明るく、カフェやレストランもテラス席で楽しめて…、5月はステキな時期の始まりです。

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ところが!
テラス席や、木の下など、心地よいロケーションで、皮膚に喰らいついて来るのが「蚊」。冬の間はグッと寒さで覆っていたのに、夏が始まれば、脳天を貫くような痒みでボリボリ。たまりません!
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以前もイタリアの蚊に触れた際、その悩みは効果的な「痒み止め薬」を見つけていないことでした。薬局が勧める品々を使っても、刺された跡は梅干色に変色し、肌色に戻るまで延々の1週間。
(イタリアの蚊にとってはワタシ、日本食レストランなんでしょうか?)

そこで。
昨年はまだ、残暑の残る頃。
良い「小道具」を知りました。
名前はサンドカン・エレットロスティック。
本体先端を患部に当て、黒いボタンを押して電気ショックを走らせるだけ。幼児・子供ではこのピリッとする感覚が強すぎるかもしれませんが、大人は十分耐えられる程度。
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蚊に刺されたらすぐにショックを与え、虫刺されクリームの順で行えば、キレイに完治。跡が残らないのが、助かります。

蚊如きですが、小さな悩みでも解決し、悠々と出来るのはうれしいもの。
蚊の皆さん、今年は手ごわいですよ!

イタリア本国での取り扱いは、ホームセンターやハーブショップ。
気になる方は覗いてみてくださいネッ!

2008年5月18日
Text & Photo by 福井エリナ


■イタリア情報 mail from Italy #59
〜 イタリアと宇宙 〜


今回のトピックス、先日見たTVニュースがきっかけです。

欧州宇宙機関(ESA)が、15年ぶりに宇宙飛行士募集を発表。選ばれる飛行士は、たった4名。ESA加盟17国からの募集ですから、それはものすごい募集数と高倍率となるはずです。

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イタリアも、欧州宇宙機関の加盟国。この2008年の宇宙飛行士募集を機に、同国は女性宇宙飛行士の誕生を期待しているとのこと。

では、これまでのイタリア人宇宙飛行士は?
過去に男性5人選出。その中、マウリッツィオ・ケーリ宇宙飛行士はモデナ県出身。NASAから1996年に飛行。宇宙飛行士選出の前は、イタリア空軍で輝かしいキャリアを積んだテストパイロットということです。

次に、イタリアと宇宙開発史の興味深い出来事があります。
20世紀。人類初の月面着陸、NASAアポロ計画。
ましては、当時は対ソ連の冷戦時代真っ只中。そんな難関プロジェクトに、あるイタリア移民2世が深く関わっていたのです。

彼は、ロッコ・ペトローネ。
アポロ計画初期のさまざまな修羅場を乗り越え、司令室の重要人物、打ち上げディレクターの座を歴任。その後はマーシャル宇宙センターのディレクターも務めるなど、偉業を立て続けに残した大物なのです。

イタリア移民と耳にすると、一般にはマフィアだとかのイメージが染み付いているもの。しかし、こんなに立派な仕事人も実在したのです。

遠い昔。南イタリアに別れを告げ、アメリカ大陸を目指したある移民一家。その後、人類初月面着陸に大功労をした名として、近代科学史に刻まれることになるとは思ってもいなかったでしょう・・・。


2008年5月7日
Text by 福井エリナ

*画像は欧州宇宙機関サイトよりお借りしました。